Who am I?

わたしの芯との対話。

わたし達は、愛し愛されるという体験の為に生まれてきた。

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最愛の人と、それぞれの両親たちと共にわたしの育った土地を巡る旅をした。

 

この日もまた、記念の日となった。


わたしの内側にある世界が外側に映し出されているならば、言うことなしに最高の形で現実化している♾

 

もはや、魂は愛の表現だけに徹していると感じる。

 

しかしながら、人生は愉快痛快

 

愛の表現は、いつも心地よいだけでなくて、時よりピリ辛のスパイスが効いたり甘すぎたり色々だ。

その反応も、その時に感じる体感はいつも変化に富んでいて、わたしはその度に嬉しいやら恥ずかしいやら様々な感情が溢れる。

 

それすらも、全て愛の表現なのだ。

 

その時は笑えない言葉も、後になってみれば全てがLOVEで締めくくられる。

 

それで、いいのだ!!

 

感情にしがみつかず、流れるままに行こう。

つい先日、こんな経験をしたばかり。

究極、これがしたかった。。という話。 - Who am I?

 

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つい先日、 "魂が同じ方向を向いているなぁ" と感じる人との再会で、『生まれてきた目的って究極、今世で何をやるか(体験)とファミリーカルマの解消だと思う』というような発言がすごく印象的で、(一字一句同じではないかも知れないけれど)この言葉は、わたしへのメッセージかの様に感じた。

 

激しく共感するし、ドンピシャな内容!


わたし自身、パートナーとのご縁が結ばれたのはご先祖さまの導きを強く感じている事もあり、人生の要は、家族との関係性を深められるか。また、血縁に関係なくファミリーと感じられる人たちと出逢い大切なものを共有できるか。


そして、そうなるプロセスとして、意識は源へ還り、わたしがわたしを生きる事に集中して行動が出来るかに掛かっているのだと、実体験から今ならそう言える。

 

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とまぁ、感じた事を書いているけれど、

 

結局のところ...源に還ることによって、ごくごくシンプルな結論に至るのだ。

 

究極、わたし達は愛し愛される事を体験する為に生まれてきた。

 

愛に気付くことで、ある意味全てが終わる。


終焉を迎えるその日まで・・・この地に生まれたことを誇りに思い、この先も愛を知る体験を存分に楽しもう◎