Who am I?

わたしの芯との対話。

砂のお城と土星に纏わるストーリー

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3年前の今日、わたしはParisを旅していた。

マレ地区に滞在して、郊外の街やLondonも訪れ、2週間まるまるこの周辺の空気と文化を存分に味わった。

 

掛け替えのない出逢いがあり、わたしの歌まで聴いて貰い心に残る時間となった。

 

またこの地を訪れる機会は、最高の形で巡ってくると感じている。

 

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それと同時期に、わたしは自分を諦めるという経験をした。

 

その事を書き記しておこうと思う。

 

どういう事かと言うと・・・

コレが自分だと思っていたものが、実は虚像・虚栄心の塊で、本来のわたしという存在に全く気付くことなく、わたしはひたすらに虚像の夢を追いかけていた。

 

誰かの価値観の中でエゴが自分を見出そうとしていたのだ。

 

この頃も、だいぶ自分の内側と向き合っていたけれど本質には届いてなかったのだと思う。

 

本来のわたしの望みとは、離れたところで自我から行動を起こしていた事に気付いたのだった。

 

そんな衝撃の事実を目の当たりにして半ば強制的に真実を知る事になったのが、2014年の秋。


それはある意味、諦めがついたという言い方もできて、自我の降参(サレンダー)という感覚だったと思う。 

 

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砂のお城が崩れて、本来の自分に逢えた。

 

衝撃の事実は、わたしに闇を見せてくれた。

 

その後に直ぐ、わたしの魂がわたし自身を光で照らしている事にも気付けた。

 

そんな衝撃の体験があり、

この後から迷うことなく今を生きている。

 

 少し具体的に言えば、わたしはオペラの舞台で誰かを演じて歌うという意識から卒業した。

 

それは、歌を始めたときの夢ではあったけれど、経験の一環であっておそらく本来の望みでは無かったのだ。

 

本来のじぶんを知るためのプロセスだったと認識している。

 

オペラ作品は大好きなので、心身と共に声の学びとして、エネルギーの体感として、声の本質としてわたしはこの先も学び続ける。

 

もちろん、この先何があるかは分からないので、「これは、取り組もう。やってみよう。」と決めた舞台があれば、やると思う。

 

けれども、自らなにかを探したり模索することは無いと感じている。

 

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わたしは、わたしの歌を歌おうと決めた。

 

この決断と行動の連続から、現在のわたしの道がある。

 

誰かの期待ではなく、わたしがわたしの望みに応える。

 

特にこの2年間は、わたしの太陽星座である射手座に土星が滞在しているので、今思えばひたすら「自分を生きる」チャレンジをしていたんじゃないかな。

 

天体も動き続けるので、変化はこの先も続くのだけど。

 

よく頑張りましたね

 

そんな風にも感じた、今朝の回想。