Who am I?

わたしの芯との対話。

今朝、令和に向けてのメッセージ(ええじゃないか文化祭でのトークライブ動画)を受け取った。

今朝、某Tubeでとある映像を見ていたら、次のターンで初めてこの動画が出てきました。

 

Sachi。x 旺季 志ずか トークライブ - YouTube

 

以前からこのお二方の発信は、とても共感する事が多くて、実際にわたし自身も本質的に近い体験がどんどん起こっている事もあり注目度は高かったです。

(特別、イベントとかに行ったことはありません)

 

そう言えば最近はめっきり、じぶん自身の歌の仕事や日々の暮らしに完全に没頭していて、外側に目を向けるタイミングはありませんでしたが。

 

動画を見て、また深く共感!

 

じぶんの為にも記録しておきます。

 

早速、響くキーワードをシェア!

 

 "嫉妬したらまだラッキー"

嫉妬するという現象は、他人を通して、じぶんの望みを知るきっかけになるから。

 

言わば嫉妬の感情は、『今、何かやりたい事やっていないよね?  やりたい事あるのに着手していないよね??  だからあなたは苦しいんだよ、今すぐに行動しよう!!』という、とっても分かりやすいサイン。

 

sachi。さんの言葉では『(嫉妬した相手から)離れるとかブロックするとかせずに、自分の中でマジで掴んでいない真ん中のものあるな。みたいな。超チャンスなんですよ。』ということ。コレって本質的なことだと思うのです。

 

だから嫉妬したら、『今、わたしって何がしたいんだろう?  今わたしがじぶんの為に出来ることは何??』と問いかけ続けたら、きっと見つかるはず。

 

それに加えて面白いのが、このトーク動画では、実は嫉妬すら出てこないサインすら無いパターンがあると、話されています。

 

これ、わたし自身も経験あり!!!

 

本当の望みってね、すごく面白いもので。

 

じぶんでも把握出来ていない、真の望みがまだまだじぶんの中にあってね。どんどん内側(魂)と繋がってやりたいこと事を本質的に続けていくと、それまでは気付きもしない望みが湧いてくるのです。

 

それまでの自分からは想像もつかない事だったりするので、じぶんで自分にビックリする事もあります。

 

これもSachi。さんの言葉では、玉ねぎの皮を剥くみたいに外側からどんどん内側へ向かうことで、ふとした瞬間に湧いてきたりする。

 

だから、外側の皮を剥く最初の段階で心(感情)が動くものが必ずあるのから、先ずはそれを確実にキャッチをして行動へと移していく。

 

小さなやりたいを無視しない

嫉妬する自分を許す

嫉妬される事も許す

(旺季志づかさん談)

 

自分を生きる人生って、本当にその繰り返しなのかも知れません。

 

その先に何が待っているかなんて、今のじぶんには分からなくて行動の先に、体験したかった宝物が待っている。

 

そこにはゴールはなくて、その瞬間の連続のみ。

 

だから、わたし達はこの世界で今を思いっきり表現して楽しむだけ!!!

 

そんな事を感じたのでした。

 

話題は、もう一つの方へ。

 

恐れへの保険

言葉だけだと、???  な事ですが、トークをよくよく聞いてみると大いに納得。

 

こ、これはまたかなり、際どい。

けれど、ホントこういうのあるから、気をつけたほうが良い。

 

どういう事かと言うと、

 

何か行動を起こす時、新たなチャレンジをするときには、じぶん自身ひとりのエネルギーをそこに注いでこそ、人が集まったら大きなサポートが入ったりベストな結果として身を結ぶことが出来るということ。

 

無意識でも、じぶん以外の条件(他社のネームバリューや大きな組織など)を盾にして行動をしても、そこには自分の中身が入っていなくて一見どんな良い条件が揃っていても人が集まらなかったり、期待するような結果にはならない。

 

わたしも、思えば少なからず体験しています。

 

何か恐れに保険をかけている状態。その安心感とその自信は、偽物です。by Sachi。

 

これ、めちゃめちゃ気持ちいい言葉!!!

 

わたしも歌手として、それ以外の内容でも、直感に身を任せてイベントなど企画しています。

 

誰から企画のオファーがあったとした場合は、とにかく(目先の条件にとらわれず)違和感なく自分が本当にやりたいか、やりたくないか。楽しいと思えるかどうかを重要条件だと感じていて、決めています。

 

わたしの方からオファーをする時も、同じです。

 

肚をくくって立ち上がるしかない!

じぶんを前に出すって、ほんと怖いね。

 

じぶんの看板を出す、自己責任ってことだから。

 

でもね、だからこそ価値があって、魅力が引き出されて、最高のステージに成るのです。

 

自分が主役じゃなきゃ、意味ないの!!

 

だって、わたしの世界は、わたしから始まるから。

それと同時にあなたの世界は、あなたのエネルギーから始まっているのです。

 

ちなみにね、

 

それらを追求していくと・・・

 

その瞬間にエネルギーが共鳴する人とどんどん自然とスピーディに繋がって新たな事が生まれてくるので、あまり考えることなくやりたい事がやれてしまう。

 

言わば、宇宙タイミング。

 

そんなフェーズに入っていきます。

 

そうすると、想像以上のスピード感であっという間にやりたい事が全て最高の形で出来上がってしまうのです。

 

あれこれ期待して行動するも、宇宙タイミングの方が純度が高くてパーフェクト

 

純度の高い方を今のわたしは好んで選んでいます。

 

それでも、何かにつけて、恐れ故に本質から離れた保険をかけようとする自分が見え隠れする時も無きにしも非ず

 

そのチェックは、随時やるべし!!

 

Sachi。さん達の実体験は、分かりやすくて、ほんと説得力あります。

 

それでいて、押し付けない軽やかさがある気がしていて、わたしは好き。

 

久しぶりにこういうメッセージを受け取り、

 

あぁ、本当にじぶんを生きる時代なんだな、としみじみ実感しました。

 

その都度じぶんに問いかけて行動しよう

 

真の自信、安心感、じぶんと繋がり直そう

 

令により和の時代、世界(宇宙)と調和の取れるじぶんを生きよう♡

 

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わたしは、わたし自身、家族、音楽、世界への敬意をいつも表している。

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先月末のコンサートを終えてから、また新たな視点で歌に取り組んでいる。

その中心には、「音楽(メロディー)大切に扱うこと」「音楽に敬意を表すること」そんな気持ちをいつも胸に抱いて演奏に取り組もうという想いがある。

 

じぶんの演奏を客観的に聴いて分析できるようになってきて、よりそんな事を感じた。また、わたしの歌を客席から聴いてくれた最愛のパートナーは、わたしより何倍も繊細な耳を持っている事もあり、こんな感覚がこれまで以上に高まっているのかも知れない。

 

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このブログでも何度か書いている気もするが、歌はわたしの人生そのもの。

楽器がわたし自身であり、演奏者もわたし。

 

体調や心のコンディションでの面、本番までのプロセスも全て自分次第。

歌うことに限ったことでは無いが、全てはわたしから始まる世界なのだ。

 

音楽に敬意を払うことは、自分自身に敬意を払うことに繋がる。

そして、それはパートナーを始め、家族や繋がる全ての人たちに拡がるのだ。

 

いつも「いまのわたし」の感覚がそのまま外に出る。

 

それは、過去でも未来でもなく、「現在(いま)」のわたし自身。

 

いつだって毎瞬 毎瞬、声を出す時はこの事を忘れずに胸に刻んでおこう。

 

そんな事をふと感じた、本日。

(入籍して一週間経過)

 

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また昨日・今日と、通常行っている地域の歌の教室の日だった。

連休明け久しぶりの仕事のせいか、朝から力が満ちて心身喜んでいるじぶんが居た。

 

歌を通じて生命が喜ぶ感覚を感じられる、そのこと自体が嬉しい。

 

演奏も歌から生まれるコミニュティも、全てわたしの表現となる。

 

*美しい土に触れる豊かさ*〜月星座である牡牛座の日に。

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五月五日
夫の父と、庭に畑の畝を作った。

小さな畝だけれど、記念すべき初作業。

掘り起こした土にはものすごい根が張り巡らされていて、虫や微生物や菌の活動などなど、ありとあらゆるネットワークを感じた。

ようやく始まる 新しくやりたい事

昔から「カッコウが鳴いたら畑に種を蒔く」と言われているそうで、その頃には霜が降りないので、種蒔きにベストな時期だとか。


一つひとつ豊かな知恵を知る喜び

 

じんわりと身に沁み渡る至福のエネルギー

 

そして、音楽の扉もまた一つ開いた。

 

やりたいことは、やはり全て望んだらいい。

 

偽りなく表現する。

 

そこから本来のじぶんが活きる。

 

じぶんを生きること

 

それが最高の贅沢であり豊かさの秘訣だ*

 

牡牛座の新月に、そんなことをまた痛感した。

 

月星座は、じぶんの中のキャラクター。

わたしは、月星座が牡牛座で、じぶんの五感・体感・安心感や居心地のよさが満たされているかを重視しているように自己分析している。


人と触れ合い、自然と触れ合い、食を楽しみ、じぶん自身を奏でる。

 

最高に贅沢なじぶんを生きて、じぶんを活かす。

 

まるっとひとつながりと成り、幸せなスタートを切った。

令和の始まりに思う〜わたし達の三種の神器を使いこなす〜

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四月三十日の平成天皇の退位の儀を拝見した後に、パートナーと何気なく語ったこと。

 

それは・・・

 

それぞれの三種の神器について! でした。

 

夫:「yukaring(私)の三種の神器って何かなぁ?」

私:「えーっ!?  何だろうね。」

夫:「やっぱり、一つ目はだよね。」

私:「そうだねぇ。あとは・・・ (色々挙げるとキリがないので)持ち物じゃなくて、身ひとつで備わっているものが良いね。」

夫:「後は、笑顔かなぁ。」

私:「おぉーー(既に笑顔)いいねぇ。 」

 

<<しばらく、三つ目を考える>>

 

私:「じゃあ、三つ目は、ユーモアかな!?」

(色んなきっかけで、よく夫を笑わせているので。)

夫:「おぉーいいじゃん!」

私:「じゃあ、逆に○○○さん(夫)の三種の神器はねぇ、」

 

 以下、略。

(パートナーの三種の神器は、オフラインにて。。)

 

と、こんな風な会話が続き・・・

 

わたくし、 yukaringの三種の神器は、歌・笑顔・ユーモアとなりました。

 

これ、これから逢う人みんなに聞きたいっっ!!!

 

神器とは言え、ものに頼らずにじぶんの中に在るものを遣うと決めたことも個人的には気に入っています。

(もちろん、わたし達の自由な感覚の中で決めたことで特に決まりは無しですよ♫)

 

また、こんな会話がわたしの中ですごくヒットして、こんな内容を自然に語り合いができる人とめぐり逢えた事にじんわり感激したのでした。

 

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令和元年五月一日

 

今夏から移り住む、北杜市役所に婚姻届を提出しました。

記念の日に結婚の運びとなった、全てのご縁に心から感謝です。

 

新たな時代と共に、それぞれの三種の神器を生かし合い、ふたりで力を合わせてこの先の人生をより一層豊かに楽しく歩んで参ります。

 

yukaring.Y.

わたし達は、愛し愛されるという体験の為に生まれてきた。

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最愛の人と、それぞれの両親たちと共にわたしの育った土地を巡る旅をした。

 

この日もまた、記念の日となった。


わたしの内側にある世界が外側に映し出されているならば、言うことなしに最高の形で現実化している♾

 

もはや、魂は愛の表現だけに徹していると感じる。

 

しかしながら、人生は愉快痛快

 

愛の表現は、いつも心地よいだけでなくて、時よりピリ辛のスパイスが効いたり甘すぎたり色々だ。

その反応も、その時に感じる体感はいつも変化に富んでいて、わたしはその度に嬉しいやら恥ずかしいやら様々な感情が溢れる。

 

それすらも、全て愛の表現なのだ。

 

その時は笑えない言葉も、後になってみれば全てがLOVEで締めくくられる。

 

それで、いいのだ!!

 

感情にしがみつかず、流れるままに行こう。

つい先日、こんな経験をしたばかり。

究極、これがしたかった。。という話。 - Who am I?

 

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つい先日、 "魂が同じ方向を向いているなぁ" と感じる人との再会で、『生まれてきた目的って究極、今世で何をやるか(体験)とファミリーカルマの解消だと思う』というような発言がすごく印象的で、(一字一句同じではないかも知れないけれど)この言葉は、わたしへのメッセージかの様に感じた。

 

激しく共感するし、ドンピシャな内容!


わたし自身、パートナーとのご縁が結ばれたのはご先祖さまの導きを強く感じている事もあり、人生の要は、家族との関係性を深められるか。また、血縁に関係なくファミリーと感じられる人たちと出逢い大切なものを共有できるか。


そして、そうなるプロセスとして、意識は源へ還り、わたしがわたしを生きる事に集中して行動が出来るかに掛かっているのだと、実体験から今ならそう言える。

 

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とまぁ、感じた事を書いているけれど、

 

結局のところ...源に還ることによって、ごくごくシンプルな結論に至るのだ。

 

究極、わたし達は愛し愛される事を体験する為に生まれてきた。

 

愛に気付くことで、ある意味全てが終わる。


終焉を迎えるその日まで・・・この地に生まれたことを誇りに思い、この先も愛を知る体験を存分に楽しもう◎

究極、これがしたかった。。という話。

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毎日が、満ち溢れて仕方がない。

 

そんな感覚で、週末を迎えてコンサートの伴奏合わせに意気揚々と臨んだわたし。

 

なのに、この後、置き場のない悲しみが溢れることに。。。

 

何と、練習してたつもりが文字通り "つもり" になっていて、大切なメロディを自分勝手な解釈で歌っていた事が判明。

近年稀に見る散々な、ピアニストとの伴奏合わせとなってしまいすっかり意気消沈。

 

帰り道、心と身体の整理が追いつかずに涙がこぼれたのだった。

 

"不甲斐ない、悔しい。悲しい。"

 

最近では全く感じなかった、湧いてくる感情を確かめながら、パートナーに悲しくなってしまった気持ちをLINEで送る。

 

実は、この日はパートナー宅へそのまま直行する予定だったのだ。

 

パートナーは、初めてわたしの気落ちした内容のLINEに前向きな応援の言葉を送ってくれた。

 

そこにまた凹んだ気持ちを表すLINEスタンプを押しては、彼に励まされる。

 

そんなやり取り何度もを繰り返して、すっかり気が紛れた状態でパートナーが迎えに来てくれる駅に笑顔で到着。

 

のつもりだったのだけれど、、

彼の顔を見たら涙がまた溢れてしまった。

 

こんな状態を見せたのは、全く初めて。

 

じぶんでも驚いたけれど、こんな瞬間も在るという事もわたしはワタシを受け入れる。また、我慢したり隠そうとしない在るがままで居るというスタンスも心地よいので、感じるままに涙を流した。

 

彼は、驚いていたけれど心が落ち着くような言葉を掛けてくれて、静かに寄り添ってくれた。

 

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この時の涙の感情は、特に重いものでもなく、一つの “発散” だったのかも知れない。

 

けれども、ふと今感じることは・・・

 

わたしはただ単に、彼の優しさを感じて、愛されている感覚に包まれたかったのではないか。

愛されている喜びを改めて感じて、改めて愛しいと想う気持ちに浸りたかったのではないだろうか。。

 

きっかけは何にせよ、人の感情の裏側にはいつも、「愛」の表現があると感じている。

 

それだけで充分だというお話(ストーリー)。

 

恥ずかしいけれど、じぶんの中をよりオープンにしたく、記事に残しておきます。

虹の戦士たちが当たり前に居る世界

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平成が終わり、令和が始まる。

不自然にバランスを保とうとしていた時代から、ハーモニー・愛と調和の時代へ。

 

この時代に日本人と生まれてきたわたし達は、少しずつこれまでの違和感に気付き始めて本来の姿へ戻ろうとしている。

 

それは、比較の無い、恐れも不安も無い、わたしがわたしを生きる喜びの世界をじぶん達の行動から再生すると事が出来るという真実。

 

この真実へ向かっているのだ。

 

真の愛の表現へ。

 

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わたしは、わたしで良い。

あなたは、あなたで良い。

 

この愛に還るエネルギーがどれだけパワフルで、社会をひっくり返す事が出来るか。

 

そんな絶妙な間を生きている、わたし達。

 

そして、次世代へバトンを渡すべく持続可能な地球に優しい生き方への実践を決めた、わたしの新しい道。

 

今週は特に、そんなメッセージと体感を味わった怒涛の日々でした。

 

ヴィジョンが明確になったら、そこに情熱を注ぐのみ!

 

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愛の存在たちに、地球で逢えたことに感謝。